25年に一度
「ぶどう作り人の祭 in Vevey」レポート
園主のこだわり
こだわり、っていうか・・・
まさに奇跡なんです
自己紹介&戦力紹介
こんなところで作っています。
ぶどうが実るまで
栽培品種紹介(生育状況)
農薬について
秀ちゃんのグウタラ日記
庭先便り
心のお便り
井戸端会議室(掲示板)

OPEN!
商品一覧
ご注文方法
ショッピングカート
法律に基く表記
お客様情報について
お客さんを訪ねて漫遊記
今度は俺の番-馬路村-
ぶどう作り人の祭り取材記
リンク!リンク!リンク!

メールマガジン

園主のもう一つの顔

1999.7.28〜8.4

 スイスのレマン湖畔にあるVevey(ヴヴェと読む)という町をご存知でしょうか。ジャズが好きな人なら有名なモントルージャズフェスティバルが行われる世界的なリゾート地Montreux(モントルー)の隣町です。
 その町でなんと25年に一度というなんとも気の長いお祭が、1999年の夏に開催され、幸運にも取材に行くことができました。どうせ次は25年後だから多少遅れてもいいやと悠長なことを言っていたらもう4年も経ってしまった。チョー遅れ馳せながらそのご報告です。ちょっと長ーいとうか写真だらけのメチャメチャボリュームのあるレポートですがお許しを。
 次回は予定では2024年だそうです。現地の人でも一生の内に3回見れるかどうかのお祭。次回も行きます。絶対に。

でもってVevey(ヴヴェ)ってどこにあるでぇ?

 ヴヴェはスイスのレマン湖畔にある人口1万6千ほどの小さな町です。この界隈はヴォー州に属しLabox(ラ・ヴォー)と呼ばれるスイス国内でも2番目に大きなぶどうの一大産地だそうで、南向きの斜面には一面にぶどう畑が広がっています。栽培されている品種はシャスラ種。白ワインの産地です。現地人の話では、この地域には2つの大陽があるとか。一つは言うまでもなくおてんとさん。もう一つはレマン湖に反射した大陽。
 実はこの町、初めてではありませんでした。
 平成4(1992)年、約5年勤めた竃ウ限を2月に退社し、4月上旬から40日間バックパッカーとして欧州一人旅をしました。(そのレポートは四冊のアルバムになっています。「歩いたぞ!700km!」出版予定なし。)そのときに一度訪れていたのです。斜面に広がるぶどう畑。その中を走る鉄道。そしてレマン湖。時々甲府盆地が霧に包まれるとき、標高が高くその霧の上にある我が家からは雲海を見ることができますが(雲海の写真)、その情景がここ菱山にとても良く似ていました。そのときは、ローザンヌのYH(ユースホステル)からモントルーのシオン城まで歩いていこうと、約40kmの距離(そのときはこの距離すらわかっていなかった。距離感のない地図だけ見て決断。なんとも無謀。)をさながら強歩大会の乗りで8時間かけて歩いたときに立ち寄り、ここにまた来る!と心に誓った思い出の町なのです。まさかそれがこんなに早く実現することになるとは夢にも思いませんでした。

25年に1回のぶどうまつりがあるって?

 1998年から2年間、私は町営のぶどうの丘の非常勤スタッフとしてイベントコーディネートの仕事を任されていました。当時勝沼町では、特にぶどうの丘で開催したコンサートの出演者や著名人を「ワイン大使」として委嘱していました。その中の一人のワイン大使の方から、スイスで25年に一度と言うぶどう祭りがあると言う話を聞きました。そしてその会場が、まさかまさかのヴヴェ。「俺を呼んでいる」そんな風に自分に都合よく解釈した僕は、早速某氏に取材旅行の申し入れをしてスポンサーのお願い。ラッキーなことに旅費を全額出していただけることとなり、自己負担ゼロ!で行くことになったのでありました。ヤッター!\(^o^)/
 ところが、肝心のお祭りのチケットがもう売り切れてしまってないという。そこで色々と手を回してもらい、偶然にもJTBがそのお祭りの見物を行程に入れたツアーを組んでいるという情報をゲットし、そのツアーから往復の航空券と現地のホテル、そしてお祭りのチケットを融通してもらうということで話が着き、何とか行けることに。なんとそのツアー、凄いゴージャスツアーで、飛行機こそエコノミーでしたが、ホテルはモントルーの☆☆☆☆☆五つ星!(@_@)。それはそれはどえらいホテルでございました。

星いつつ!あまりの凄さに鳥肌が立ったモントルーの最高級ホテル「パレスホテル」。内装、調度品、ホテルマンの態度全てにおいてこれを超一流と呼ぶのだろうか。中で写真撮りまくると恥ずかしいのでとりあえず外観のみ。^^;
このホテルに2泊しました。夢のよう。ちなみに1泊通常料金約20,000円弱(素泊まり)。ところが今はお祭り期間中です。当然この値段では泊まれません。
テーブルの上には「ようこそ、内田秀俊様。ゆっくりおくつろぎ下さい。」日本語で書いてあったわけではないが心憎い歓迎である。
見よ!クイーンサイズのベッド。っていうかリゾートホテルだけにシングルがないのでダブルベッドを独占。?誰か寝てる?
そうそう、シャワールームも6畳ほどの広さ。とにかくだたら広い部屋。こんな部屋に二度と泊まれるかどうか・・・。(稼げば?)
←こちらはもう3泊したジュネーブのホテル。こちらは四つ星。ここもダブルベッドを独占。ベッドもあまり広いと持て余します。(なんて贅沢な)パンツとTシャツの人が寝てます。
そうそう、向うのホテルのバスタオルのでかさにビックラ!首から下全身包めます。このタオルを巻かせて、タオルを剥ぎ取り、キャーとか言いながら、楽しむんだろうなぁ。(オイオイ変な想像するな。)
こちらのホテルで朝食を共にした千葉県の年配のご夫婦とお友達になり、我が家のお客さんにもなっていただいちゃってます。(^^)これからは国際的な営業も必要です。

もともとは優秀なぶどう作り職人の表彰イベント

 ぶどう作り人の祭りの起源は、遠く17世紀に遡ります。(ちなみに勝沼のワインの歴史は高々130年。)レマン湖畔のラ・ヴォーとシャブレー地方の約150ヘクタールを傘下におく、ヴヴェ ・ぶどう作り人同業者組合(日本でいえば農協みたいなものなのでしょうか)は、17世紀以来ぶどう作りの振興と技術向上を目的として、3年に一度、優秀なぶどう作り人を表彰する儀式を行ってきました。そのために年に3回も専門家がぶどう作り人の仕事を採点するのだそうです。
 ぶどう作り人達が互いに励まし合い、結束する場としてパレードや冠の授与式などのお祭りが行われてきたものが、回を重ねるに従って規模が大きくなり、18世紀の後半からは、とうとう、単に組合の内輪での祭りでは済まなくなり、ヴヴェを中心にした地方の住民も大規模に参加する、この地方の一大イベントとなったそうです。そして今日ではヨーロッパで、最大規模のブドウ作り人の祭りへと発展してきたそうです。
 20世紀に入って、1905年、1927年、1955年、1977年と行われてきたこの「祭典」は 、1999年が20世紀最後のお祭りとして、7月29日〜8月15日の約2週間にわたり行われました。
 マルシェ広場に特設された舞台(1万6千人の観客収容可能)で、連日連夜、 ぶどう作り人の四季や、酒の神バッカス、ノアの箱船まで登場するオペラ仕立ての大スペクタクルが繰り広げられました。俳優、ソリスト、コーラスに加え地元住民の参加を含め出演者がなんと5千人に達し、3時間を越える大がかりなもので、それはそれは圧巻でした。
 本来なら前回の1977年に25を足すと2002年になるのですが、この年に今世紀最後の皆既日食が欧州で見られるということなどの理由により3年も早まったと言われています。
【公式WEBサイト/おフランス語に堪能な方はぜひご覧下さい。】ここ

町中が饗宴の舞台になる 

 プログラムの初日は7月29日。この日に優秀なブドウ作り人たちの「冠の授与式」と言う伝統的な儀式が行われ、この一大イベントはスタートします。
 このお祭りでは、ブドウ作り人たち全体をシンボル化したメイン・キャラクターとしてArlvin (アルルヴァン)と呼ばれる王様が登場します。
 そして、約2週間にわたりほぼ連日連夜、オペラとパレードが行われました。毎日のオペラとパレードの後には、出演者達が、そのままの衣装で町に繰り出し、町全体がさながら饗宴の舞台になります。

 お祭りに関する詳しい説明は、現地在住の峰平香緒吏さんが書いたページがありますのでそちらをご覧いただくこととします。(ここ

 実はこのお祭り、山梨の人にとっても無関係なお祭りではなかったことが、帰ってきて判明。なんと前回の1977年に山梨県から甲州軍団が参加していたのでありました。しかもその内の数人は勝沼の人でした。なのにお祭りへ行こうって誘っても誰も反応がなかったのはなぜに?
 かくして前回の様子を回顧録として加え、今回の取材写真展を開こうと思い、当時のツアーを主催したアドブレーン社へ写真パネルを借りに行くと、担当部長が一言。「え〜!やっちゃったの?」その落胆ぶりたるや気の毒になるほどでした。今回も行く気だったからです。開催が早まった情報を得ていなかったようです。次回は21年先ですが・・・生きていられますか?って話になってしまい、ホント気の毒としか言いようがありませんでした。

1977年の様子
【写真提供:アドブレーン社】

 さていよいよここからがヴヴェ滞在記の本番です。滞在中に撮影した約600枚の写真からその一部をた〜っぷりと紹介します。ビデオも撮影したきましたが、そちらは果たしていつ編集が終ることやら。

 と、その前に今回のハプニングを一つご紹介。
 今回の旅行は、デジカメ、一眼レフカメラそれにビデオカメラを持ち込んで(一人ですよ)徹底取材の予定でした。旅行前に急遽新しい一眼レフカメラを購入して行くことになり、ディスカウントショップでズームレンズ付きのを購入しました。ノートパソコンも借りて、しかも現地で使えるプロバイダの契約もし、現地のホテルからデジカメのデータを日本のサーバーに転送する予定でもいました。ま、そちらは結局ホテルの電話線が使えず企画倒れになってしまったのでしたが、このハプニングはその比ではありません。
 購入して試し撮りもせずにそのまま荷造りして出発。持ち込んだフィルムは36枚撮約20本。現地滞在4日間でほぼ使い切りました。そして帰国後現像しました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゲーーーーー!(@_@)
仕上がった写真を見てビックリ!全ての写真に髪の毛のようなものが映っているではないですか。はて?と思いネガを確認するとネガの全コマにしっかり焼きついてました。となると臭いのはカメラ本体。カメラの裏蓋を開けてよ〜く見ると・・・(・・)ありました。短い髪の毛がシャッターの裏からヒョロリと伸びているではありませんか。ちょうどフィルムの前に。しかも取れない。
 早速メーカーへ電話をして対応してもらうことに。何でもそうですが写真は撮りなおしがききません。最初は全ての写真をデジタル化してコンピュータ処理してくださいと要求。でも枚数が枚数です。優しい僕ちゃんはさすがに全ての写真となると酷だと思い、最低限必要な約200枚を何とかしてくれと。ところがメーカーのお客様相談室の課長さんはやってくれましたよ。嬉しかったですね〜。カメラも代替品に換わり、デジタル化された写真を納めたMOを持って勝沼まで東京の本社からわざわざ詫びを入れに着てくれました。カメラの価格がズームレンズセットで29800円、データ修正にかかった費用は恐らく20万円を軽く超えていたと思います。たった一本の髪の毛のために・・・。とんでもない客にかかったものです。^^; こちらもかえって恐縮しましたが、でもそれが品質管理というものです。
 皆さん、カメラを新調したら、必ず試し撮りをしましょう。

ヴヴェ滞在記

さて、それではここからがレポート本番です。
5つのコーナーに分けてあります。写真は全部でひゃく数十枚あります。
夢の祭典の感動の一部がお伝えできれば幸いです。

写真をクリックして下さい。
見終わったらウィンドウを閉じて戻ってきて下さいね。

大スペクタクルオペラ
パレード
ぶどう畑

このページの先頭へ戻る


(C)Copyright2003 Uchida Budouen All Rights Reserved.